遠い昔、ダウンタウンのまっちゃんと元SMAPの中居くんがダブル主演でドラマをやっていた。 (伝説の教師 VOL.1 [VHS])
そのころまだ子どもだった僕は、そのドラマのマネをして、
「常識ぃ? その常識って誰が決めたんじゃい!」(まっちゃんのセリフ)
とか言って、まわりの友達や大人に苦い顔をされていた。
なぜこんなアラサー以上の人たちにしかわからないことを書いているかというと、ドラマのまっちゃんと同じように、「常識」って言うとキレるアラウンド60の人たちが大学にいるという話がしたいからだ。
つまり大学教授の話である。
常識?
僕が大学院生だった頃、先生の前で言ってはいけない言葉がいくつかあった。
とくに「常識」、「当たり前」、「自明」の3つは確実に地雷だった。
これを言うと余裕で30分くらいのお説教が聞ける。
そんなことは研究室のみんな知っているから、30分のありがたいお話はめったに聞けるものではなかった。
だいたい年に一度、春の終わりの時期だ。
新しく入ってきた4年生が研究室に慣れてきた頃、ミーティングで、
「それって常識だと思ってました」
とか純粋な気持ちで言ってくれます。
すると先生に、
「常識? ほう、そうですか。私はまだ浅学で、その常識を知りませんでした」
とめちゃめちゃ当てこすられる。そして、
「ところでその常識というのは……」
と、いったいいつ終わるのか不安になる話がはじまる。
あぁかわいそうに、確実にトラウマになるだろうなと思いながら、いつも無力な僕たちは、ただニヤニヤと見守ることしかできない。
それは僕たちがかつて受けた洗礼であり、みんなそうやって先生の前で不用意に発言してはならない、と学ぶ。
科学者に必要な「あたまの悪さ」
先生の話は、「科学者はいつも常識を疑わないといけない」と教えてくれる。
その話にいつも出てくる、先生の好きな寺田寅彦さんの言葉がある。
「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」これは普通世人の口にする一つの命題である。これはある意味ではほんとうだと思われる。
しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という命題も、ある意味ではやはりほんとうである。
そうしてこの後のほうの命題は、それを指摘し解説する人が比較的に少数である。
論理の連鎖のただ一つの輪をも取り失わないように、また混乱の中に部分と全体との関係を見失わないようにするためには、正確でかつ
緻密 な頭脳を要する。紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。
すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。
しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常
茶飯事 の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明 に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須 なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い
田舎者 であり朴念仁 でなければならない。
(寺田寅彦『科学者とあたま』)
みんなが当たり前だと思うことを「常識」で終わらせずに、いちいち疑ってみる。
そんな効率が悪くて、あたま悪そうに見えることが研究には要る。
そういう「あたまの悪さ」がないと気がつけないことがある。
実際、インパクトのある論文には「みんなが常識だと思ってたことが、実際に調べてみたら違いました」みたいなことが書いてある。
ネイチャーとかのトップジャーナルは、まさにそういう概念的進歩(Conceptual Advance)を掲載する論文に要求するから。
世界中のあたまの良い人たちを驚かせるには、あたまが良いだけじゃムリだ。
だから当たり前に思えることでも、「なんで、どうして」と子どもみたいに考えてみる。
それが遠回りに見えて、じつは成果を出すための近道だと僕は思う。
たとえ結局「やっぱり常識は正しかった」って結論になったとしてもムダじゃない。
いろいろ考えたことで他の誰も気がつかなかった、新しい研究の手がかりが見つかったりする。
とくに研究をはじめたばかりのときは、まだいろんな知識が足りなくて先が見えない。
そんなときこそ、先へ先へ行こうとせずに、自分のわかる範囲のことをあらためてじっくり疑ってみる方が、自分のオリジナルの研究が見つかりやすいと思う。
もし逆に、「それは常識だ」「当たり前だ」と思考停止してどんどん先に進むと、いろんな新しいことを見聞きできて、すごく勉強してる気分になる。
でもそんなふうに常識にとらわれたまま研究して、ほんとうに自分の知りたかったことが見つかるだろうか。
最後にホラーたとえ話をひとつ紹介して終わります。