正直この秘技を皆さんに明かすべきかどうか、3日3晩悩みました。
もしこの技を全ての学生が使えるようになってしまったら、研究室における勢力図は一気に書き換わってしまうだろうからです。
これまで大学の教員たちは、権力や研究費、単位や怖そうな見た目、はては何だか物知りそうな雰囲気、といったことを盾に、議論において学生たちを圧倒してきました。
いくら「サイエンスの議論において上も下もない」と声高に言ってみたところで、この和をもって尊しとなす国で育ってきた学生たちは、どうしても発言する時に教員の背後にあるそのようなもろもろを意識してしまうことでしょう。
研究室は教員にとってホームグラウンドであります。
教員が買い集めてきた教科書、購入してきた実験機器らに囲まれ、教員の好みの研究テーマを研究する場所であります。
そんなところで教員と学生の議論が繰り広げられるとどうなるか。
教員の言葉一つ一つに説得力が生まれてしまいます。
テレビに出てくる専門家がなぜかいつも本棚の前で喋ってるアレと同じです。
逆に言えば、学生にとってはアウェーであります。
教員の言葉を聞いて一瞬、「ん?それちょっと違うんじゃね?」と思っても、「まぁ先生の言うことだし合ってるのかもな」と思わせ、黙らせる空気があります。
その空気こそが研究という正解のない問題に取り組む上で学生の邪魔になります。
教員の意見は正しいかもしれませんが、学生の意見も正しいかもしれません。
両方の意見をまず議論のテーブルにのせ、どちらが有望かをできるだけ多角的な視点から検討するのが理想です。
しかし先に述べたように、大学の研究室という場所はこの目的に適しているとは言い難いのです。
最近、ウェブ会議の普及によってこの研究室の呪縛から学生たちが解き放たれようとしています。
4コマに出てきた気弱な彼はまさにその例と言えるでしょう。
自分の力を100%発揮できる場所で教員と議論することが可能になってきているのです。
こうなると教員としてはもはや本棚の前に座ってウェブカメラに映るくらいしかできません。
しかし正直なところ、この流れがずっと続くかはあやしいでしょう。
教員たちが「やはり遠隔だとコミュニケーションの効率がうんぬん」などと大学側に圧力をかけ、古き良き対面議論が復権する可能性は高いと言えます。
その時のために、学生の皆さんが対面議論においても、教員の見えざる圧力に打ち勝つすべをここに記します。
いいですか、それは
「相手をネコだと思う」
ことです。
…ありがとうございます。皆様の拍手が聞こえます。
想像してみてください。
薄暗いミーティングルームで、プロジェクターの光が煌々とスクリーンを照らしています。
生贄もとい、当番の学生が研究の進捗を報告しているのです。
そこへ先生が、「〜したらいいんじゃないかな?」とアドバイスなのか命令なのか、とにかく発言をしました。
それに対しあなたは学生として、「いやそれはちょっと効率が悪いな」と思ったとしましょう。
さぁどうでしょうか?
「先生、それは非効率的だと思います」と代案もなしに発言できるでしょうか?
できませんね。
しかし、先程の発言がネコによるものだとしたらどうでしょう?
ネコ「〜したらいいんじゃないかニャ?」
あなた「そうだね〜賢いね〜。でもちょっと遠回りかもしれないよ。もう少し良い方法がないか、皆で考えよっか」
ほら。
これこそがフラットな議論というものでしょう。
完璧です。ありがとうございました。
さて、ここまでお読みいただいた皆様の中には、もしかしたら少しお怒りの方もいらっしゃるかもしれません。
おい森野、なんだこの有り様は、と。
はい、おっしゃりたいことはよくわかります。
ここはひとつ、僕をネコだと思ってみてはいかがでしょう。
お気持ちも落ち着くかもしれませんニャー。
えっ、あっ、はい。ちょっと調子に乗りました。
次は真面目なテイストで書きますので、どうかよろしくお願いいたします。