(このブログの紹介記事です)
はじめまして、森野キートスです。
ぼくがはじめて研究者になりたいと思ったのは、大学3年生のある日のことでした。
その日はあたたかく晴れていて、大学の食堂で昼ごはんを食べたあと、先生の部屋に向かいました。
ぼくの学部では「自分で決めたテーマについて研究する」という演習講義があって、ひとりひとりに指導教員がわりふられます。
その講義の相談をするために、ぼくは先生の部屋に行きました。
研究棟の中はなぜだかいつも薄暗く、廊下に虫とかカエルの飼育槽がならんでたりするので、若き活発な男子学生にとっては、正直あまり居心地がいいものではありません。
教授室の扉を開けると、正面に大きな窓が見えました。外の光がまぶしい。
先生の部屋は本でいっぱいでした。
壁じゅうの本棚は満杯で、というかあふれていて、床がほとんど見えないくらい、そこらじゅうに本や雑誌や紙の束が積んでありました。
「うん…どうぞ、はいって」
先生のくぐもった声が聞こえましたが、どうやら机の上に山積みになっている本の向こう側にいるようで、姿は見えませんでした。
「失礼します」
ぼくは一応そう言って、積まれている本を崩さないよう、おそるおそる中に入っていきました。
本の山の向こう側で、先生は低いソファーにゆったりと座っていました、
というか寝ていました。
「やぁ…森野くんだったかな?」
先生は眠そうに伸びをして言いました。
「今日は暖かいね」
あれからもう十年近くたちますが、あのときのことはよく覚えています。
ぼくにとっての研究者のイメージは、あのとき本の山に囲まれて、読みかけの本を片手に昼寝してた先生で、
ぼくが今日までずっと大学で研究者を目指して生きてきたことの根っこにあるものだと思います。
うまく言葉にできないのですが、ぼくもあんなふうになれたらいいなと、自分が目指すべきところが、あのときわかったような気がしました。
このブログについて
このブログは、ぼくがこれまで大学で生きてきた思い出や後悔とか、もしかしたらこれから博士になる人の役にたつんじゃないかと思ったことを書いています。
「博士号は大学の先生になるための免許のようなものだ」と大学生のころ教わりました。
あのころのぼくにとっては「研究者」=「大学の先生」だったので、研究をして生きていくためには博士号をとらないといけないんだと思いました。
実際は、研究を仕事にするには、大学だけじゃなく、企業や、理研のような研究所や、あるいは科学未来館のような研究を人に伝える場所もあって、いろんな可能性がありました。
なので「博士号は研究者になるための免許のようなもの」だと言ったほうがよいかもしれません。(そして一人前の研究者として認めてもらうには論文3報が必要だと言われたりします)
たとえば誰かが、いつかのぼくと同じように研究者になりたいなと思って、博士課程に進もうかなと考えていたとして、
きっとすぐに博士課程に進むことのネガティブな面を見ることになると思います。
すごくお金がかかることとか、企業に就職しづらくなるとか、そもそも無事に博士号をとることが結構むずかしいとか。
そのときに「研究者になりたかったけど、現実的に難しそうだからあきらめよう」と、できるだけ思ってほしくない。
「たしかにいろいろ大変そうだけど、それでも研究者になりたいからがんばってみよう」と思ってほしい。
そこでこのブログでは、
「僕はなんで博士課程に行こうと思ったのか思い出してみた」とか、
「論文はじめて書いて投稿してみたけどこんな感じでダメだった。とりあえずこうするといいかも」とか、
「ぼくは全くお金がなかったので学振もろもろ画策したけど、結果全く知らなかった制度に救われた」
みたいなことを書いています。
さも「自分で考えました」みたいな顔して書いてますが、
先生方とか、先輩方とか、友人・知人の方々から教わったことがほぼすべてです。大変恐縮です。ありがとうございます。
もしこのブログをみて、「あぁコイツが博士になれるんなら自分もなんとかなりそうだな」とか思ってくれたりしたら、それは望外の喜びです。
それでいつかみんなで研究しましょうよ。
研究って楽しいですよね。
おわり。